ARTISTS取扱作家

Kotaro Takamura

高村 光太郎

木彫作家の父 高村光雲と母 わかの長男として、東京都台東区に生まれた。ロダンの「考える人」の写真を見て衝撃を受ける。
アメリカへ自費留学をし、ナショナル・アカデミー・オブ・デザインの夜学に通い、彫刻家 ボーグラムの助手を務める。
ニューヨークで荻原守衛らと親交を結ぶ。ロンドンでは、陶芸家のバーナード・リーチを知る。
イタリア旅行を経て帰国。長沼智恵子と結婚し、高村の代表作品となる「手」や「鯰(なまず)」を制作。
その後、智恵子と死別し詩集『智恵子抄』を出版。近代日本彫刻界に影響を与えた重要な芸術家である。

【略歴】

1883 彫刻家の高村光雲の長男として誕生
1997 東京美術学校予科に入学
1902 東京美術学校を卒業
1906 渡米
1907 ロンドンに渡りバーナード・リーチを知る
1908 渡仏
1909 帰国を決意、イタリアを旅し帰国
1914 詩集「道程」を刊行。長沼智恵子と結婚
1926 宮沢賢治のアトリエを訪問
1934 智恵子の統合失調症悪化
1938 智恵子没す
1945 空襲によりアトリエ炎上し、岩手県花巻町(現花巻市)に疎開
   終戦を迎え、稗貫郡大田村山口に移り農耕自炊生活をする
1952 東京のアトリエに移る
1955 山王病院に入院
1956 中野のアトリエで没す